世の中の性職者たちへ

世には「聖職者は性職者」という言葉があります。洋の東西や既存・新興を問わず、宗教の偉い人は性的倒錯者が多いと思われています。具体的なデータも見てないしその存在も知らないので実際はわかりません。よって多少バイアスがあるにせよ何となく頷きがちです。なぜなら聖職者、特にキリスト教関係で問題になるのは男女問わず、性職者がいわゆる「児童」に手を出した時なので。

かつては同じように聖職者と言われていた学校教員にも、性的な倒錯者が多いというイメージが強くあります。教員の不祥事は日常茶飯事ですが、教育の性質として上下関係を明確にしなくてはいけない点と、何だかんだで崇められる存在ということもあり勝手に聖職者と勘違いするんですかね。そして教員が問題となって処分されるのも決まって「児童」に手を出すケースだったりする。

こういった方々の問題発覚はマスコミにとっては格好の餌なんだと思います。女性の立場からの「気持ち悪い」という嫌悪感を前面に出しつつ、実際は男の視点からの「羨ましい」という嫉妬感や、どこまでやったのか「興味津々」という好奇心を煽るのが優先で、様々な人が持つあらゆる感情をいっぺんにカバーできる最高のネタであり、感覚的にはスポーツ紙のエロ記事と変わらない。

教員の淫行は単純に件数が増えているというよりは、昔と比べて表沙汰になることが増えた、というか淫行として認識されるケースが増えたということかも知れません。中学生の時のある体育教師は気に入った女子生徒を見つけるや否や、積極的に脚や胸を触る過度なコミュニケーション力の持ち主でした。でもその件で処分されたことは1度もなくて、別件で追放されましたけどね(笑)

発覚が増えているのだとしたら、そこにはもう1つ親子関係の変化に基づく秘密保持に対する意識の変化があるんじゃないか。自分達が高校生の頃とは違って、保護者の影響力が強いというか生徒が自分の私的領域のことを話す機会が多いよ、と知人で教員やってる奴が話していたのを思い出しました。つまり非常にありきたりな言い方をするならば「バレやすい」ということです。

現代の子どもとて親に話していない秘密くらいあることは想像できます。色恋の話を秘密の領域にするかどうかは本来子ども側の裁量の話だと思うのですが、今は言わせるような環境を保護者側が周到に作り上げているからなのか、昔よりもかなりオープンだと言われています。実際、自分の子どもの交際相手の詳細を把握している、あるいはしたがる保護者って本当に多いんだとか。

もちろん教員との好ましくない関係や強姦じみたものは論外だし、そういうことは言いにくいこととはいえ表面化して断罪されるべきです。ただ純粋に愛し合っちゃったかも知れないケースまで、親子間のやりとりで「発覚」して事件になっているようなこともあるんだと思います。ただ、たとえ両想いで合意があったにせよ、未成年の言ったことなんぞに効力なんて皆無に等しいですが。

たとえ純愛でも、あとから相手側が「無理矢理脱がされました」と主張すればそうそう反証できません。それだけ世間の目も厳しいわけで、自分では完全に秘密にできると思っていても相手側が秘密にできるかは自分のコントロール外ファクターです。そんな所に一時の快楽を求めたところで待っているのは間違いなく滅亡だけなのですが、そこに向かってしまう教員って少なくない

教員やそれに準ずる仕事をしている世の中の人は、女子高生や女子中学生と関与することがリスクになり得る。そういった感覚をもう少し持って仕事した方がいいんじゃないでしょうかね。彼女らは肉体的にも若々しく、よほどの荒んだ家庭環境でもない限りは大人の女性に比べて圧倒的にピュアでしょう。だから魅力的に感じたとしてもそれは当然であり、別に恥ではないと思います。

大学時代に学習塾でアルバイトしていた別の知人の話によれば、10代の少女にまっすぐな瞳でじっと見つめられるとドキッとする瞬間というのはやはりあるようです。それはある種の尊敬からくるものなのに自分に気があるんじゃないか? という錯覚を生じさせる力があるようです。ましてかわいい子ならなおさらそうでしょうが、それを勘違いして行動に移すかはまた別の話です。

2016年に入り「女子高生のパンチラ盗撮」がテーマのHPでエロ記事を書くという、今までにない仕事が私のライフワークになりました。毎日のようにアップし続けるとアクセス数が伸びたというお話をLibido-Laboさんからよく聞かされましたが、表に出して言ってないだけで世の多くの男性というのは10代女子(とりわけ女子高生)ってのが本当に大好物な生き物なんですよね。

それはもう認めてしまいましょう。パンツ見えそうなスカート丈で女子高生が階段を上っていたら目がいっちゃうしブラウスのボタンが開いていたら胸元を凝視しちゃうし、仮に一緒にお風呂に入るようなことがあれば100%勃起するんですから。どう折り合いをつけて生きていくかを考えた方がずっと健全です。彼女らへの劣情を解消したけりゃLibido-Labo作品だってあるわけだし。

一時の感情にかられて行動を起こすよりは風俗まみれの方がよっぽどマシです。実際の女子高生とはだいぶ違うけれど、それっぽい服装までして性的なサービスをしてくれる業態があるのはありがたいことだと思わなくてはいけません。それで我慢する心を養いましょう。誰の生涯も台無しにしないでエロを解消して生きていく。そういう世の中が実現していけばいいと心から思います。

なので聖職者(性職者)たちよ、困ったらLibido-Laboに遊びにおいで(笑)

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