世の中の性職者たちへ

※ 2021年に加筆

ここで言う「性職者」とは、性風俗産業とかに従事している者のことではありません。世には「聖職者は性職者」という言葉があります。洋の東西や既存・新興を問わず、宗教における偉い人は性的倒錯者が多いと思われています。この手の話は時々ニュースになるため、多少バイアスがあるにしても何となく頷いてしまいがち。なぜなら聖職者、特にキリスト教関係で問題になるのは聖職者が「児童」や「シスター」に手を出した時なので。

かつては同じように「聖職者」なんて言われていた学校教員にも、性的な倒錯者が多いというイメージが強くあります。教員の不祥事というのもこれまた日常茶飯事なのですが… 教育の性質としてどうしても上下関係を明確にしなくてはいけない点と、何だかんだで崇められる存在ということもあり勝手に偉い人と勘違いするのだろうか。そして教員達が問題となって処分されるのも、決まって「児童」や「JK」に手を出したケースだったり。

こういった問題行為の発覚は、マスコミにとって格好の餌なのでしょう。「気持ち悪い」という嫌悪感が根底にありつつ、JK好きな一部男性からは「羨ましいな」という嫉妬感。そして内容としてどこまでやってたのかという「興味津々」という好奇心。そういったものをいっぺんに煽ることができる。当事者の感情は差し置いて、彼らにとってありがたい最高のネタなのです。ただマスコミの方々も、正義を語る割には同じような事件をね…

教員の淫行は単純に件数が増えているのかも知れないけど、昔と比べ表沙汰になることが増えたというか淫行認識されるケースが増えたからではないか? つまりそれは昔からよくあることだったと。そういえば通っていた中学校のある体育教師は、気に入った女子生徒を見つけるや否や積極的に脚や胸を触る立派なコミュニケーション能力の持ち主でした。でもその件が問題視されたことは1度もなくて、全くの別件で追放されましたけど(笑)

発覚が増えている要因として、そこには親子関係の変化に基づく意識の変化があるんじゃなかろうか。例えば高校生にしても、昔と違って保護者の影響というか干渉が強そう。そして子ども側も私的領域を隠さず親に話すようになっている可能性が。非常にありきたりな言い方をするなら「バレやすい」ということ。もちろん現代の子どもとて親に話していない秘密くらいあることは想像できるし、そういうのはたいてい色恋の話だったりする。

機密にするかどうかは子ども側の裁量の話のはず。ただ今は言わせるような環境を保護者側が周到に作り上げているからか、昔よりかなりオープンな親子関係だと聞きます。例えば子どもの交際相手の詳細を把握している、あるいはしたがる親って本当に多いらしい。そしてその相手が明らかに同世代でないなと知れば即行動に移る。もちろん教員との好ましくない関係や強姦じみたものは論外だし、問題人物が放置されるよりはいいことかと。

性に絡む犯罪的行為は言いにくいこととはいえ、表面化して断罪されるべきことです。ただごく希に存在しているだろう本当に純粋に愛し合っちゃったかも知れないケースまで、親子間のやりとりで「発覚して事件化」するようなこともあるんだと思われます。ただ、たとえ両想いで合意の上であったにせよ未成年の言ったことなんぞに信憑性や法的効力なんて皆無です。「言えなかったけど無理矢理でした」と言われたら、反証などできない。

今は世間の目も厳しいしSNSでの拡散もしやすい。自分では完全に秘密にできると思っても相手側が秘密にできるかはコントロール外ファクターです。そんな所に一時の快楽を求めたところで待っているのは滅亡だけなのに、そこに向かってしまう人って少なくないのが非常に不思議なところ。日々児童や生徒と「関与しなくてはならない」仕事をしてる人は、常に目の前にリスクがあるという感覚を持っていた方がいいということなのかなと。

17~18くらいになれば肉体的には大人と大差なく、しかも若さというインセンティブがある。そしてよほどの荒んだ家庭環境でもなければ、圧倒的に純粋無垢な存在でもある。だから一時その魔法にかかり魅力的に感じること自体は、アイドルに熱を上げるのと同じベクトルであり別に恥ではない。そしてそのくらいの世代であれば、幼い同級生よりも年上の先輩が大人に見え憧れる時期でもある。男性側が20代とかならそういう対象になる。

大学時代に学習塾でアルバイトしていた知人の話。たとえイケメンという言葉からは最も遠い銀河に住んでいたとしても、バレンタインがやってくると生徒から義理とあいえチョコがもらえ、表面的にモテ期到来のようになるものらしい。そして10代女子に真っ直ぐな瞳でじっと見つめられると、実際にドキッとする瞬間というのはあるようで。それは恋愛対象というよりはある種の尊敬の念に由来するものが大半であり、そう受け止めるべき。

しかし一方でそこには「自分に気があるんじゃないのか?」 という錯覚を生じさせる魔力が備わっているのかも知れない。男は少なからず惚れられたい願望があるものであり、それが自信につながることもあると思われる。ただそれを自身を高める要素として内面的に活用するのと、勘違いして実際に行動に移すことは全く別の話ではある。クラリスを抱かないルパンになるのが普通であり、そうなることができない人はどうすればいいのか。

2016年に入り「3DCGによる女子高生のパンチラ動画」がテーマのHPでエロ記事を書くという、かつてない仕事が私のライフワークに組み込まれた。内容はどうあれ毎日のように記事をアップしていると、アクセス数がかなり伸びたというお話をよく聞かされました。つまりは誰も声に出して言ってないだけで、世の多くの男性というのは何歳になってもいわゆる10代女子(女子高生、JKなどなど)たちが本当に大好物な生き物なんですよね。

この際もう認めてしまいましょう。短いスカート丈で女子高生が階段を上っていたら重ね履きだとわかっていても目がいっちゃうし、ブラウスのボタンが開いていたら胸元を凝視しちゃうし。それこそAVじゃないけれど、もし一緒にお風呂に入るようなことがあれば100%勃起するんですから。どう折り合いをつけて生きていくか考えた方がずっと健全な気がします。彼女らへの劣情を解消したけりゃLibido-Laboが助けになるかも知れない。

一時の感情にかられて残念な行動を起こすよりは、風俗まみれの方がよっぽどマシということ。もちろん実際の10代女子とはだいぶ違うけれど、それっぽい服装までして性的なサービスをしてくれる業態があることをありがたいことだと思わなくてはいけません。それで我慢する心を養いましょう。誰の生涯も台無しにすることなくエロを霧散して生きていく。非常に難しい問題ですがそういう世の中が実現していけばいいと心から思っています。

なので聖職者(性職者)たちよ、困ったらLibido-Laboに遊びにおいで。できる限りのことはしますので。

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