
メンズエステ人生を振り返るという回顧記事を書き始めたのには理由が。客としてメンズエステと関わるのは徐々に収束させていこうかなと。ただ書きたいネタはまだまだあるので、当面は不定期で執筆していくつもりだが、メンエスはもうおしまいの方向かと。
初めてこの手のお店に足を踏み入れたのが2007年の夏前だったか。そこからかれこれ15年、通うペースに変動はあっても年間で1度も行かなかった年はない。使ったお金を合計するとさすがに新築の戸建ては無理にしても、中古の家やそこそこの新車1台分には匹敵。
もしもメンズエステに行かずに家を購入していたなら、あるいはそれなりの新車を買っていたなら。メンエスでは味わえなかった、全く別の体験が手に入ったことは想像に難くない。もちろん逆もまた然りと言えるわけで、複数の人生を味わうのは無理なことで。
楽しくて通っていたのはその期間内で累計しても数年だけ。それこそ後半のほとんどは完全に惰性であり、何が楽しくて通っているのかわからなかった。その間にメンズエステを取り巻く環境は劇的に変化していって、隠れ家チックなものから堂々としたものへ。
店だけでなくセラピストもそうで、働いていることを友人に隠さず話して友人をこの世界に引き込む学生も増えた。キャバクラのように客を騙しているわけじゃない、風俗のように性を切り売りするほど堕ちてもいない。後ろめたさが少なくハードルが低いから。
性的サービスはセラピストの善意である、という時代はとうの昔に終わった。建前上はしなくてもいいことではあるが、本音として求められるのはそれだけ。どうしてもしなくてはならない状況になれば裏オプで金を取ればよい、が今のメンエスの実態でもある。
風俗よりも圧倒的に安く、手コキよりも過激な内容はそうそう望めないがヌキはしてくれる。それこそメンエスの価値であり存在意義だったと思うのだが、気がついたら圧倒的にイマイチな容姿が増え料金は高くなり楽しい思いは簡単には味わえなくなっている。
セラピストは即金のためにこの仕事をやる。勤務回数を自由に決められ、短い時間で稼ぐことができる世界などそうそうない。お金以外の理由でこんな仕事をやる人はいないのだが、あえてお金以外の理由を探してみるなら「承認欲求」というワードに辿り着く。
特にここ4~5年はそんなセラピストが増えた。褒められたい、女としてエロくなりたい。そういう彼女らはその手の努力を全力でしているかといえば、案外そうでもなかったりもするが。そもそもメンエスに集まる子は、楽して稼ぎたいからこの仕事をしている。
中には努力家もいるが稀である。それに承認欲求なんてものも、冷静に考えればパートナーなり家族なりによって満たされていれば外に求める意味はない。そういうものが不足していてお金に困っているという条件が重なり、新たなセラピスト誕生の瞬間となる。
さてセラピスト側の承認欲求について触れたが、逆に客の立場からするとメンズエステに通う理由とは何なのだろう? あわよくばエロいことがしたい。できればプロとではなくて素人みたいな子といけない場所で、というのが全ての男性の切実なる願いではある。
ではそれを除いて考えた場合の理由は何か。実は客がメンエスに通う理由もやはり承認欲求だったりすることに気づく。リピートして通う男性客の中に、富裕層で美人妻を持つみたいな人はほぼいない。富裕層はそもそも忙しいので、メンエスに行く時間がない。
また既婚者であれば、子育てに一生懸命であるならそっちが優先順位としては上になりがち。そういうものを得られなかった、得られていても満たされない。ゆえにメンエスの沼にはまっていく。女に認められる存在でありたい、性的に興奮できる存在でいたい。
多くのセラピストは献身的に奉仕してくれるが、それはその男性に対してではなく払ったお金に対してなのだ。お金がなくなるか時間が経過すれば終了に。夢を買っているのであり、続けるには課金が必要となる。永遠に承認欲求が満たされることはないだろう。
そろそろ違う場所に楽しみを見いだすことに価値を置く時が来たのだろう。もちろん得られた体験や思い出が無駄になることはなくて、今後何かの役に立つことはあってもこれ以上無駄に経験値を増やす必要はない。楽しいと思える人たちに通ってもらえばよい。
機会が来たらおとなしく撤退するのみである。いずれどこかで「さらばメンズエステ!」を言う日がくるのだろうか。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。