メンズエステ人生を振り返る ~充実期④~

さて前回に続き2015~2016年の話をしてこの章はおしまい。今回は単年毎でなくまとめてなので、正直あまり記憶にないことが明白ではある。そんな矢先にやってきたSPA MARIAREM (スパマリアーム)の摘発の話題。それでようやく色々と思い出すことができた。ガネーシャで何でもありセラピストに入っていたのも確かこの頃だったような気がしてきた。楽しかった女の思い出は忘れないと思い込んでいたのだが、そうでもなかったんだ。

この頃はまだ恵比寿や中目黒メインで活動し、いくつかのお店をゆったりとしたペースで回っていた。そのほとんどが今は店名を変えたか閉店したかで、今も残っているのはPortia(ポーシャ)ぐらい。そういえばと思い久々にHPを見ようと思ったらつながらない。ポーシャよおまえもか… 思わずなんてセリフを思わず吐きたくなった。まずはこの頃の恵比寿女子がたむろうお店が、どんな感じだったかを記憶を辿りながら話してみようか。

正直あまりいい思いをしたわけではないものの、恵比寿界隈の女子レベルは圧倒的に高かった。都心のセラピストに都内の実家から勤務しているケースは稀と聞く。その手のお店で活躍するのは圧倒的に自活している上京組。顧客に求められる姿をよくわかっていて、メイクからして本気度が違う。転じて常磐線沿線の北千住や柏に茨城の実家から勤務するセラピストがイマイチなのは、成果が生活に直結せず意識差があるからではないか。

オシャレな街のセラピストの中には、好みと違うケースも存在はしていた。それでも粒ぞろいなのは今も変わらないのではないか。芸能人を見てもわかるように、圧倒的美人には地方出身者が多い。そういった原石が磨かれて有名になり「都会の人」という幻想がつくられていくのだろう。ポーシャはよくシステムが変わるお店で、お風呂での洗体オプがあった頃がピークだったと思う。一方でずっと変わらないのはあのユルユルな衣装ね。

最近でこそMB(マイクロビキニ)が席巻しているが、稀にNB(ノーブラ)があるお店がありポーシャは知る限り先駆だったように思う。複数あるルームの建物の中には、恵比寿にこんなボロい建物がと思わせるものも。都心の光と闇を見ているようで楽しかった。そしてスパマリアーム。メンエスで女子大生に出会えるのは今でこそ全くもって珍しくないが、その年齢層を手厚く配置していたお店の先駆的存在がここだったように思う。

何といっても人生初の「リケジョがセラピスト」というパターンを体感できたのは大きい。しかも最初に物理というレアなケースだったのが何気に誇りではあった。文系の学生に比べて大学生活が忙しく、教育関係以外でのアルバイトが難しい理系学生。奨学金の返済もあり割のいい仕事を求めた結果、こういった夜職やパパ活に流れていく。そんな子たちはいずれどこかで性的に搾取されることに。悲しいけどこれ日本の現実なのよね。

ただこの頃にはメンズエステ界にも価格高騰の波が見られ始めていた。上記2店舗もオプションまでフルだとまあまあな価格だったと記憶している。2014年から消費税が5%から8%に引き上げられ、それがメンズエステの料金にも影響し始めていた。もはやメンズエステは気軽に遊べて楽しい思いができる場所ではなくなりつつあった。それでも今思えば、何とか踏みとどまることができていた最後の時代だったように見えるのである。

次回シリーズはまたちょっと先になったら書きます。

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